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大学教員のドイツ動物法の「珍訳」論文~四天王寺大学 中川亜紀子氏






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(Zusammenfassung)
Gesetz über das Schlachten von Tieren vom 21. April 1933 01.05.1933
Warmblütige Tiere sind beim Schlachten vor Beginn der Blutentziehung zu betäuben.


 ドイツ動物法の大学教員の、かなり頻繁に引用されている論文があります。しかし明らかな誤訳があります。それは「ドイツ法(Gesetz über das Schlachten von Tieren〉においては家畜の(食用)と殺においては麻酔下で行わなければならない」という記述です。少し考えればありえない、滑稽な「珍訳」なのですが、意外なことにこの論文はかなり引用されています。ドイツにおいても、麻酔薬が混入した食肉を流通させれば刑事罰の対象になります。その他にもこの論文は、ドイツの連邦規則を「条例」と訳すなどひどい内容です。しかし引用している方が後を絶たず、誤訳を指摘する人もいません。


 問題の論文はこちらです。四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子(以下、「本論文」と記述する)。本論文の著者、中川亜紀子氏は、本論文発表時は四天王寺学園大学の教員だったとのことです(四天王寺大学に問い合わせ)。CiNiiのIDで検索すれば、本論文一本しかヒットしませんので、研究者としての実績がその後無い方のようです。問題の記述を以下に引用します。


1933年 4 月21日に、「動物の屠殺に関する法律」(Gesetz über das Schlachten von Tieren)が公布された。
この法律の第 1 条 1 文には、「温血動物の屠殺の際には、血を抜き取る前に麻酔させねばならない」との記述がある。
この文章にはもちろん、動物を苦痛から救うという目的がみてとれる。
しかしまた同時に、ユダヤ教の教えに則った屠殺方法(コーシャ屠殺)では、動物の血を完全に抜き取るために麻酔せずに頸動脈を切るため、この法律がナチスのユダヤ人迫害とも結びつくものだと捉えることもできる(537ページ)。



 次に、上記の訳文に該当する、Gesetz über das Schlachten von Tieren vom 21. April 1933 01.05.1933 の、第一条 1文(項)の原文と、拙訳を以下に示します。


§ 1
Warmblütige Tiere sind beim Schlachten vor Beginn der Blutentziehung zu betäuben.
Der Reichsminister des Innern kann bestimmen, daß die Vorschrift des Abs.1 auch beim Schlachten anderer Tiere anzuwenden ist.

第1条
と殺においては、放血開始前に、温血動物は意識を喪失させなければならない
内務大臣は、第一項の規定を他の動物のと殺にも適用することを決定することができる。



 中川亜希子氏の、本法第 1 条 1 文の訳、「温血動物の屠殺の際には、血を抜き取る前に麻酔させねばならない」ですが、betäuben を「麻酔」と訳しています。しかしbetäuben をこの場合「麻酔」と訳すのは不適切です。betäuben ですが、「意識が喪失した状態」または、「麻痺した状態」とするのが適切です。
 ドイツ語で麻酔は、Anästhesie です。麻酔科は、Abteilung für Anästhesiologie です。zu betäuben は、「麻酔が効いて意識喪失状態になる」ことも意味しますが、あくまでも麻酔が効いて意識が喪失した、または感覚が喪失して麻痺した状態を意味します。
 麻酔と意識喪失とは概念が異なります。麻酔は医療目的で意識喪失状態にしますが、生体に健康被害が及ばず、可逆的に意識を回復するものです。家畜のと殺で、二酸化炭素による疼痛緩和を行うことはありますが、これは「麻酔効果」はあるものの、「麻酔」とは言えません。可逆的に生体の健康被害なく意識を回復させることがないからです。したがって、上記の論文の訳文、「温血動物の屠殺の際には、血を抜き取る前に麻酔させねばならない」は、明らかに誤訳です。
 それは、日本の家畜の食用と殺の現場においては、放血前に先に脳組織を破壊するボルト銃の使用や、と殺で二酸化炭素で意識喪失させる場合を、「麻酔」とは言わないことでも明らかです。また歴史上、ドイツは家畜の食用と殺でペントバルビタールなどの鎮静剤や笑気ガスの使用を法律で義務付けたことはありません。他の国にも存在しないと思います。現在、ドイツを含めてほぼすべての国では、ペントバルビタールのような麻酔薬が混入した食肉を流通させれば刑事罰の対象となります。
 
 現在、ドイツでは、家畜の食用と殺は、動物保護法(Tierschutzgesetz)4条a1項で規定されています。その中では、「温血動物は、放血開始前に屠殺のために意識を喪失させた場合にのみ屠殺することができる」(Ein warmblütiges Tier darf nur geschlachtet werden, wenn es vor Beginn des Blutentzugs zum Zweck des Schlachtens betäubt worden ist.)と規定されています(註 拙訳)。
 この条文の、 betäubt worden ですが、先の「動物の屠殺に関する法律」(Gesetz über das Schlachten von Tieren)の条文の、betäuben と同じく、「意識喪失状態にする」とするのが正しいのです。なぜならば、先に申しあげたとおり、過去においても現在においてもドイツでは、家畜の食用と殺において、麻酔、この場合は「意識を喪失させるものの、可逆的に健康被害がなく意識を回復させる」という意味での麻酔を義務付けたことがないからです。

 現在ドイツでは、家畜の食用と殺では、主に家畜用ボルト銃(英:Captive bolt pistol 独:Schlachtschussapparat)が使われています。家畜用ボルト銃とは、家畜のと殺につかわれる専用の銃です。家畜の頭部に強い衝撃を与えて失神させるか(この場合もある程度の脳の損傷がある)、もしくは錐状のものが火薬により銃から飛び出し、家畜の脳組織を貫通し破壊します。通常の銃のように、弾丸が発射されるわけではありません。ドイツでは、貫通するものが用いられます。
 先に、脳組織を破壊することにより脳死状態にして意識を喪失させ、そののちに放血します。家畜用ボルト銃を用いる前には、薬品やガスなどの麻酔による疼痛管理は行いません。このボルト銃を用いると殺方法は日本でも採用されていますが、先の述べた通り、日本のと殺の現場において、このボルト銃で家畜の脳組織を破壊することを「麻酔」と呼ぶことはありません。ですから、四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子、における、「温血動物の屠殺の際には、血を抜き取る前に麻酔させねばならない」との記述は、明らかに誤訳です。


(画像)

 家畜用ボルト銃(英:Captive bolt pistol 独:Schlachtschussapparat)。ドイツでも用いられる脳組織を破壊するタイプ。脳組織を破壊して脳死状態にして意識喪失させるのは、麻酔とは言えません。

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(動画)

 Rind wird betäubt 「牛は失神しています」 2011/02/27 に公開 閲覧注意
 ドイツにおける牛の法定のと殺方法。家畜用ボルト銃で、脳を破壊して脳死状態にしています。その後、放血をします。この状態、betäubt を「麻酔がかかった」と訳せますか。




 その上さらに、四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子、においては、決定的な誤訳がいくつもあります。例えば法令名です。
 Tierschutz-Hundeverordnung を「犬保護条例」と訳していますが、これはドイツ連邦共和国規則(*1)です。その他、「屠殺に関する条例」(Tierschutz-Schlachtverordnung)、「有用動物飼育に関する条例」(Tierschutz-Nutztierhaltungsverordnung)、「輸送動物に関する条例」(Tierschutztransportverordnung)との記述がありますが、これらはすべてドイツ連邦共和国命令であり、誤訳です。
 これらの点について私は、四天王寺大学に抗議しています。しかし何ら訂正もなく、またこの論文は、CiNii(註 日本の論文データベース)にも掲載され続けています。著者の中川亜紀子氏ですが、CiNiiを調べた限り、発表した論文はこれ一本だけで、その後の研究実績は無いようです。法解釈も偏向があり、私は問題がある論文とは思いますが、この論文は意外にも多く引用されています。次回記事では、本論文の影響を受けたと思われる文献を取り上げてみたいと思います。


(参考文献)

・ 動物愛護管理に係る海外調査報告書 平成29年8月 調査機関 三菱UFJリサーチ&コンサルティング
~ 
 この報告書の内容のひどさは、私は現在本ブログ記事を連載していますが、四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子、を嬉々と多く引用しています。まあ、類は友を呼ぶといいますかね。


(参考資料)

 この、中川亜紀子氏の、ドイツ法の訳文、「温血動物の屠殺の際には、血を抜き取る前に麻酔させねばならない」が誤りであると、現役の獣医師の方からもご意見をいただいています。
メグミンから家畜のと殺法について質問がありましたので、以下のFAQの文章を一部修正・追加しました。

麻酔

全身麻酔
静脈注射ないしガスの吸入によって中枢神経に薬物を作用させる。
多くの全身麻酔では中枢神経系の機能を抑制したり、大脳新皮質を解離させたりして意識を可逆的に失わせる。



(*1)
Tierschutz-Hundeverordnung 「犬保護規則」

Das Bundesministerium für Verbraucherschutz,
geändert worden sind, nach Anhörung der Tierschutz kommission.

連邦消費者食糧農業省は~
動物保護委員会を聞いた後に改正されました。


・命令:行政権が定立する法の総称。以下のように、政令、内閣府令、省令、規則、通達等があります。
・規則:「命令」の下位概念。各外局の長や委員会の発する規則
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非公開コメント

No title

ですね。この場合は「意識を失わせた状態」とでも意訳するべきでしょうね。
流石にそれ系の薬使ってなんて変です。そう思わないんでしょうね。

余談ですが、昔病気の牛が死ぬ前にクレオソート(木クレオソートか鉱物クレオソートかは聞き忘れてしまいました。)を点滴してたなんていう話を聞いたことがあります。流石に今はないでしょうけど。

Re: No title

昇汞 様、コメントありがとうございます。

> この場合は「意識を失わせた状態」とでも意訳するべきでしょうね。

この訳文ですが、「気絶させる」と訳しているドイツ法学者もいます。
中川亜紀子氏は、現代のドイツ動物保護法の、ドイツ法学者の訳文を参考資料として転載しています。
その中では、同じ単語、betäubt を「気絶させる」と訳しています。
だから中川亜紀子氏は、現在の動物保護法の原文すら確認していないということです。
それでドイツの動物法を論じるのだから笑止千万。


> 余談ですが、昔病気の牛が死ぬ前にクレオソート(木クレオソートか鉱物クレオソートかは聞き忘れてしまいました。)を点滴してたなんていう話を聞いたことがあります。

正露丸の主成分ですから、多少多めに食べても人は死ぬことはないでしょうが、臭くて食べられないでしょう。
なおクレオソートは、たしかドイツではヒトの内服薬としては認めていないと聞いたことがあります。
ドイツ在住の日本人が、腹を壊して服用している薬の正露丸を医者に見せたところ、医者がびっくりしたとか。
伝聞なので正確がどうかわかりません。
たしかタールクレオソートは木材の防腐剤などに使われていたと思います。

No title

クレオソートには二つあるんです。コールタールから作られる鉱物クレオソート(防腐剤の一種)とブナなどから採取される木クレオソート(日局クレオソートとも言います)この二つは名前は同じですが違うものです。正露丸に使われているものは木クレオソートの方で確かにきつい薬品ですが、容量によっては良い止瀉薬となることから正露丸(元は征露丸)の主成分になっています。

私の感触ですが、死の間際の病牛に使われていたのは木クレオソートではなく毒性の強い鉱物クレオソートだったんじゃないかと。

Re: No title

昇汞 様

> クレオソートには二つあるんです。コールタールから作られる鉱物クレオソート(防腐剤の一種)とブナなどから採取される木クレオソート(日局クレオソートとも言います)この二つは名前は同じですが違うものです。

もしかしたら、ドイツの医者は、タールクレオソートと勘違いしたのかもしれません。


> 私の感触ですが、死の間際の病牛に使われていたのは木クレオソートではなく毒性の強い鉱物クレオソートだったんじゃないかと。

安楽死のためでしょうか。
日本でも、豚コレラなどで大量に家畜を殺処分しなければならないときは、パコマという消毒薬を静脈に注射します。
安楽死とは言えないと思います。

四天王寺大学にメールしました

一応四天王寺大学にメールしました。


「四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子」について
Yahoo
/
Gesendet


megumi takeda <dreieckeier@yahoo.de>
An:
info@shitennoji.ac.jp


5. Feb. um 16:27

四天王寺大学紀要 第 54 号(2012年 9 月)ドイツにおける動物保護の変遷と現状 中 川 亜紀子
http://www.shitennoji.ac.jp/ibu/docs/toshokan/kiyou/54/kiyo54-31.pdf

ですが。
以前にもご指摘申し上げました。
あまりにも内容がひどすぎますので。

主な点
1、「ドイツ法では家畜のと殺は麻酔で行わなければならない」~明らかに誤訳です。正しくは「放血前に意識喪失させなかればならない」。
2、論文中のドイツの法令名がことごとく誤訳をしています。例えば「犬保護条例」は、正しくは連邦規則です。

こちらに根拠を示してまとめてあります。
http://eggmeg.blog.fc2.com/blog-entry-1265.html
この論文の内容の誤りはひどいですが、案外引用がおおいので悪影響大です。
善処を期待します。

プロフィール

さんかくたまご

Author:さんかくたまご
当ブログのレコード
・1日の最高トータルアクセス数 8,163
・1日の最高純アクセス数 4,956
・カテゴリー(猫)別最高順位7,928ブログ中5位
・カテゴリー(ペット)別最高順位39,916ブログ中8位

1959年生。
大阪府出身、東京育ち(中学は世田谷区立東深沢中学校、高校は東京都立戸山高校です)。
現在は、兵庫県西宮市在住です。
一人暮らしです。

趣味はクルマをコロガスこと(現在のクルマは4代目のメルセデスベンツです。ドイツ車では5代目)、庭での果樹栽培、家の手入れ掃除です。
20歳代前半から商品先物、株式投資をはじめ、30歳で数億円の純資産を得るが、その後空売りの深追いで多くを失う。
平成12年ごろから不動産投資を行い成功、現在50数戸を無借金で所有。
不動産投資では、誰も見向きもしなかったキズモノ、競売物件などをリノベーションする手法です。

なお、SNS、掲示板、QandAサイトなどでは、多数の本ブログ管理人の私(HN さんかくたまご)(武田めぐみ)のなりすまし、もしくはそれと著しく誤認させるサイトが存在します。
しかし私が管理人であるサイトは、このページのフリーエリアにあるリンクだけです。
その他のものは、例えば本ブログ管理人が管理人と誤認させるものであっても、私が管理しているサイトではありません。
よろしくお願いします。

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