続 二酸化炭素による殺処分は残酷で、それを行っている日本は動物愛護後進国なのか





 日本での犬猫等の殺処分は、二酸化炭素を用いています。そのことについて、日本の殺処分方法はことさら残酷で動物愛護更新国であるという批判がありますが誤りです。二酸化炭素死は麻酔効果があり、全米獣医学会でも安楽死と認められています。米国では、安楽死と認められていない方法が、犬猫の殺処分に用いられています。


 日本の二酸化炭素による殺処分方法は多くの愛誤が批判し、それを根拠に「日本は動物愛護後進国」であると主張しています。しかし彼らの主張、「1日本は殺処分数が多く、2その方法も残酷であるため動物愛護後進国である」は失当です。
 一例をあげます。以下はオーストリアの大手メディア、WOCHEのインターネット版から。Villach kämpft für Tierschutz in Japan 「フィラッハのティアハイムは日本で動物福祉のために戦う」2012年7月。


Der Partnerverein des Villacher Tierheims „MARCO BRUNO“ mit Bruno Stöfler(Stöfflerが正しいと思われる。人名) wär kürzlich in Japan und sprach über ein sensibles Thema: Japan jährlich über 200.000 Hunde und Katzen auf grausame Weise durch Ersticken getötet werden.
Es besteht keine Hoffnung auf eine Besserung weil die japanischen Politiker kein Interesse an Tieren haben.

マルコ・ブルーノ氏と(マルコ·ブルーノ氏の協力関係にある)フィラッハのティハイムは、最近ブルーノ、ステーフラー氏と共に、日本における微妙な話題について話しました。
「日本では20万匹以上の犬や猫が毎年、窒息(二酸化炭素死)という残酷な方法で殺処分されています」。
日本の政治家は、動物に興味を持っていないので、改善の見込みはありません。



 私は全記事、二酸化炭素による殺処分は残酷で、それを行っている日本は動物愛護後進国なのか で、米国は犬猫等の殺処分は、ストリキニーネの注射、亜酸化窒素(笑気ガス)、ハロタン、一酸化炭素などの有毒ガス殺、減圧室を用いた減圧真空殺が採用されていることを書きました。
 それらの方法は、AVMA Guidelines onEuthanasia(全米獣医学会 安楽死に関するガイドライン) で「安楽死として推奨できない不適切な方法」とされるものが含まれます。対して二酸化炭素死は、麻酔効果があり速やかに意識を消失させることから安楽死とされています。

 「AVMA Guidelines onEuthanasia  全米獣医学会 安楽死に関するガイドライン 」は、徳島大学による訳文があります。それぞれの殺処分方法について、AVMA 全米獣医学会がどのような評価をしているかご紹介します。
 AVMA Guidelines onEuthanasia  全米獣医学会 安楽死に関するガイドライン 徳島大学訳


1、ストリキニーネの注射
 安楽死に適さない注射剤であり、単独で用いてはならない。激しい強直と痛みと伴う筋収縮が起きる。

2、亜酸化窒素(笑気ガス)
 100%の濃度であっても、単独で動物を麻酔状態に導くことはできない。単独で用いると、固有停止あるいは心停止以前に低酸素症となる。その結果、動物が意識を消失する前に苦痛を与えることになる。

3、減圧室を用いた減圧真空殺
 欠点が非常に大きいため、安楽死法として不適切である。動物の、体腔内の気体の膨張による疼痛及び苦痛が生じる。



 愛誤の主張は単に感情や主観に基づくもので、事実確認も行いません。理性や客観性、科学的知見には程遠いのです。このような愛誤の情報発信は、全く社会に益をなさないばかりか有害なだけです。


・画像は中国南部での猫肉の販売。日本(以外の先進国でも)では、家畜の屠殺では、必ずしも人道的な配慮がされているとは言えません。
 二酸化炭素死は、学術的にも安楽死とされています。ですからその方法が用いられる日本においては、犬猫の殺処分ではかなり人道的な配慮がされています。なぜ日本の犬猫の、二酸化炭素による殺処分が攻撃されなければならないのか理解できません。

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No title

と畜では必ずしも人道的な配慮がされているとは言えない、とはどのような根拠に基
づいていらっしゃるのでしょうか。殺処分における人道的な配慮とは、苦痛を継続さ
せることなく意識を消失させてから死に至らしめることと認識していますが、BSE
対策に関する調査結果(平成21年10月末現在)
http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/bse/kokunai/090325-1.html では、牛のとさつを
行っている全国154のと畜場のうち、貫通するとさつ銃を用いているのが146施
設、貫通しないとさつ銃を用いているのが1施設、と畜ハンマーを使用しているのが
17(10施設はボルトとハンマーの併用)とされています。これらは米国獣医師会
ガイドラインP13のPENETRATING CAPTIVE BOLTまたはp17のNonpenetrating captive
bolt に相当する方法です。(ハンマーも先端が尖っており、とちく銃と同じ目的で
用いられます。そもそも、意識を消失させた状態でなければ作業が危険なため。)こ
れらにより意識を消失させた後に放血により死に至らしめるので、人道的ではないとは思いません。

画像見ちゃうと

只の肉片売っているだけで、郷に入れば郷に従えって感じで
日本には日本的屠殺の良さと優しさが溢れていますけどね。

むしろ日本以外の国の方が余程苛烈に残酷だと思いますよ。
第一、何で害獣である野良猫に優しさを持って
〆なきゃならないのか、、同じ害獣であるラスカル「一応ネコ科」とか
チョウセンイタチやネズミなんてのはゴミの如く扱われますからね。

動物によって殺され方、扱い方が違う理由の一つに、自分で絞めて捌かなくても食べられる環境にあるからでしょう。
屠殺する業者がいるから手を汚さなくても肉が食べられる。保健所が殺処分してくれるから手を汚さずにペットを飼える。これは同じ構図なんですよね。

特定の種に肩入れすれような片寄った動物愛誤の根本にあるのはこうした部分からなんだと思います。

殺処分反対といっても

そもそも愛誤が害になるほど考えなしに繁殖させるから殺処分があるのであって、どこの国にしても無駄な費用なので殺処分などしたい訳がないのに愛誤って何で目先の殺処分しか見えないのか理解できませんね。

そんなに愛誤達が殺処分が嫌なら黙って全て引き受けて適切な飼育で面倒をみればいいだけで、それなら国も無駄な費用を節減できるので両手をあげて賛同するでしょう。

そもそも殺処分自体が国が馬鹿の尻拭いをしているだけの話で、当事者である低脳愛誤が反対する資格なんて無いんです。

問題なのは愛誤と一般人の思考力に隔絶された壁があるので、いかれた愛誤の弁を一般人がいちいち自分基準で考えちゃうから事が進まないだけです。
愛誤なんて考える能力が無いので感情をそのまま言葉にしているだけで一般人が考えなきゃいけない様な深い内容じゃありません。

愛誤は殺処分で安楽死までしている配慮など全く理解できないくらい馬鹿なだけです。

愛誤さん達が推進する安楽死はどのような方法なんでしょうか?
ちょっくら調べてみます。

Re: No title

サーバント様、コメントありがとうございます。

> と畜では必ずしも人道的な配慮がされているとは言えない、とはどのような根拠に基
> づいていらっしゃるのでしょうか。

今回の記事のコメントでは、口蹄疫の殺処分のことに限ってか記述したつもりですが。
緊急事態ですから、必ずしも安楽私的なと畜が採用されたわけではないです。
ご紹介のあった、逆性石鹸を静脈注射するなどは、明らかに全米獣医学会で不適切な方法とされています。
通常のと畜方法については、本記事では論じていません。

Re: 画像見ちゃうと

只野乙三様、コメントありがとうございます。

> むしろ日本以外の国の方が余程苛烈に残酷だと思いますよ。

はい。
べいこく、イギリス、ドイツでは、農場畜産場で害をなす野良猫は苛烈に駆除されます。
また自然界で在来生物に害を及ぼす野良猫犬も同様に苛烈に駆除されます。
日本のように、とり」衛生状態が厳しい医療機関や水道水源池、安全性が要求される競輪場などで施設管理者の禁止を無視して野良猫に餌やりを強行して認められてしまう国なんて、先進国ではおそらく皆無でしょう。
まさに日本は動物愛護後進国、愛誤せんしんこくです。

Re: きつね様

きつね様、コメントありがとうございます。

> 屠殺する業者がいるから手を汚さなくても肉が食べられる。保健所が殺処分してくれるから手を汚さずにペットを飼える。これは同じ構図なんですよね。
> 特定の種に肩入れすれような片寄った動物愛誤の根本にあるのはこうした部分からなんだと思います。

ある養護学校が、生徒に豚を飼育させて、業者にと畜させて給食で食べさせる授業をしました。
保護者から「残酷だ」という非難の声が上がりました。
でも私はこの校長の方針の賛成です。
小動物のペットを飼って死ぬところも見せないで情操教育とか動物愛護教育は、物事の一面しか見せない偏った教育だと思います。
肉やペットフードという製品になれば、それがもともとは命があるもので、命を奪わなければ私たちが生きてはいけない。
だからこそ命を大切にしなければならない、無駄に殺してはならないということが理解できなくなるのです。

Re: 殺処分反対といっても

猫ボラ嫌い様、コメント有五等ございます。

> 愛誤が害になるほど考えなしに繁殖させるから殺処分があるのであって、どこの国にしても無駄な費用なので殺処分などしたい訳がない。

それでも殺処分せざるを得ないのは、野良猫犬を放置すれば衛生被害などが看過できなくなるからです。


> そんなに愛誤達が殺処分が嫌なら黙って全て引き受けて適切な飼育で面倒をみればいい。
> 殺処分自体が国が馬鹿の尻拭いをしているだけの話で、当事者である低脳愛誤が反対する資格なんて無いんです。
> 問題なのは愛誤と一般人の思考力に隔絶された壁があるので、いかれた愛誤の弁を一般人がいちいち自分基準で考えちゃうから事が進まないだけです。

わたしもその考えに同感です。
ですから、法により厳しい罰則付きで、ペットを飼う場合は規制を行う。
餌やりなどの不適正飼育に対してはも同様の措置を講じる時期に来ていると思います。
法レベルで猫の適正飼育義務化を行ったのはベルギーです。
ドイツでは、条例レベルでは猫適正飼育規制はあります。
連邦法レベルで猫の飼育を規制する法案の草案がすでに発表されています。
米国の多くの自治体では、餌やりに対しては、高額の罰金と懲役刑により禁じています。
罰金1万ドル、懲役90日なんてざらにあります。

Re: キツネ様

きつね様

多分、ペントバルビタールなどの麻酔薬を用いた方法ではないですか。
しかし誤解がありますが、麻酔薬だけでは死にません。
筋弛緩剤や塩カリの併用が必要で、手間もコストもかかります。

No title

>口蹄疫の殺処分のことに限ってか記述したつもりですが。

家伝法とか国家防疫とはどういうものなのか、一般の人には分からないのでしょうね。
28万頭の命と、農家の泪と絶望、殺処分作業に携わった人の苦悩と恐怖にも似た虚脱感。
殺処分作業中に骨折などのケガ人が出たことも発表されていませんものね。
口蹄疫時の殺処分についてあまりこの場で軽々に喋ってもらいたく無いですね。

家伝法下では動愛法はしばしば無視されるでしょう。国家的危機なわけでそんな時に動愛法を持ち出すこと自体おかしいのです。
言うならば韓国の映像のようなことをしても文句は言えないのです。
しかし今回、日本ではあんな事は絶対にやっていません。
それは日本人が持つ敬虔さでしょうし、農家に対する作業従事者の精一杯の贖罪なのです。
「パコマの静注」のどこがいけないのでしょうかね。一頭一頭「ゴメンね」と声を掛けながら静注していると聞きましたがね。

もう一度言います。
動物愛護の話を家畜にまで拡げるのは止めた方がよいです。
分からず屋が趣味で猫に餌をやっているのと、生活が掛かったプロの農家が飼う家畜とでは立場も考え方も違います。

青紙スーパー さんのご意見なんですが

動物の愛誤および管理の法律を家畜にまで広げているのは、国の法律がそうなっているのであって三角さんではありません。

私も馬鹿のお遊び飼育とプロの商業飼育を同列に考えるのは間違いだと思いますが、プロ意識を持ち生活をかけられている商業飼育と自分らの低脳飼育を同列にもっていき法文化させた愛誤と全くそれを理解していない国の政治家や官僚を問題視すべきでしょう。

だいたい愛誤以外は仕事で動物を飼育して社会に肉類を提供してくれている農家の方とペットのバ飼い主を同列にみる人なんていませんよ。

Re: 青紙スーパー様

青紙スーパー様

> 家伝法下では動愛法はしばしば無視されるでしょう。国家的危機なわけでそんな時に動愛法を持ち出すこと自体おかしいのです。

私も、口蹄疫という非常事態では、安楽死のガイドラインを守れないのはやむを得なかったとはっきり記述しています。
私はパコマの静注を非難はしていません。
しかし消毒剤の常駐は、全米獣医学会のガイドラインでは、家畜の殺処分方法としては推奨されない方法とはっきり記述されています。

> 動物愛護の話を家畜にまで拡げるのは止めた方がよいです。

勘違いされているのではないですか。
中には家畜福祉、動物の権利を主張して、畜産家畜産業を攻撃する団体もいるようですが、私はそのような趣旨で家畜と動物愛護を論じる気は毛頭ありません。
動物愛護はバランス、コモンセンスが最も問われる分野です。
私が批判したいのは、特定の愛玩動物(猫)に限って、異常に愛護を主張する人です。
法律上、家畜も愛玩動物も、愛護動物として保護される対象です。
あまりにアンバランスなのはおかしいと思います。
私は、今後も、表現の自由が保証されている範囲で記事は書きますし、家畜のことにも触れるかもしれません。
表現の自由は、憲法で保証された権利ですので、その範囲内では、だれも止めろという権利はありません。
記述に誤った箇所があれば、ご指摘いただきたならば訂正します。

Re: 青紙スーパー さんのご意見なんですが

猫ボラ嫌い様

> 動物の愛誤および管理の法律を家畜にまで広げているのは、国の法律がそうなっているのであって三角さんではありません。

はい、おっしゃるとおりです。


> 私も馬鹿のお遊び飼育とプロの商業飼育を同列に考えるのは間違いだと思いますが、プロ意識を持ち生活をかけられている商業飼育と自分らの低脳飼育を同列にもっていき法文化させた愛誤と全くそれを理解していない国の政治家や官僚を問題視すべきでしょう。

私は野良猫のお遊び餌やりと家畜の飼育を同列に扱った覚えはありません。
もしそのようにお感じになったのであればお詫びします。
むしろ家畜を飼育されている方々が、真摯に、かつ生活がかかって動物の命と向き合っているのに、お遊び餌やりはあまりにも軽々しく野良猫の命やら餌やりの権利を主張しすぎることに違和感を感じたまでです。
動物の命と向き合う事の、本当の厳しさ、例えば畜産家の人の日々の生活や気持ちも知らずに、野良猫の命が、動物愛護がどうのこうの言うのは無神経ではないかと言うことです。


> だいたい愛誤以外は仕事で動物を飼育して社会に肉類を提供してくれている農家の方とペットのバ飼い主を同列にみる人なんていませんよ。

野良猫の餌やりがいう動物の命やら動物愛護やら、そんなのはお遊びですね。

No title

前に札幌のヒグマについての話がありましたよね。
ヒグマという動物がどんなものなのか知らない愛誤の連中がトンチンカンなことを言って、若い頃北海道に住んでいた事がある私もまさにその通りだと思います。
この事に関するさんかくさんの言い分は正しいし論理も間違っていません。

今回サーバントさんの問いかけに対してさんかくさんは
「口蹄疫の殺処分のことに限ってか記述したつもりですが。
緊急事態ですから、必ずしも安楽私的なと畜が採用されたわけではないです」
と答えておられます。
そしてその根拠には
「米獣医学会で不適切な方法とされています」
とされています。
私は米獣医学会の論拠は知りません。しかしながらあの28万頭の殺処分に間接的にでも関わった身としてはあの殺処分時の静注作業を非難されたくないのです。
作業者の安全を考え、環境を汚染することなく、しかも迅速に、そして農家の気持ちを鑑みるとあれ以外に方法はありませんでした。
札幌のヒグマの件と同じで、何百キロもある牛と対峙したこともないくせにとつい思ってしまします。
牛や豚も黙って大人しく殺されるわけではありません。作業する方には常に危険が伴うのです。
と、いうのが本音なのです。

しかし野良ネコ餌やりオバサン達は何とかしなくてはいけません。

青紙スーパー様

>殺処分時の静注作業を非難されたくないのです。

非難されたと感じられたのですね。
しかし、私はそこを非難するために論が展開されているとは感じません。

青紙スーパー様がおっしゃるように
「家伝法下では動愛法はしばしば無視されるでしょう。国家的危機なわけでそんな時に動愛法を持ち出すこと自体おかしいのです。」

私も基本的に主張したい事は同じです。

動物愛護の精神は大切です。

しかし、それは人の安全や財産権などそこに関わる人の権利や事情が優先されるべきです。

それを人より動物の権利(法的には動物は権利を有する存在ではありません)の権利を主張する愛誤の存在が問題なのです。

たしかに私も口蹄疫の殺処分に立ち会ったわけではありませんが、趣味の愛誤と生活のかかったプロ農家はまったく別物であると普通の人は認識していると思います。

青紙スーパー様だから解ること検証できること、コメント楽しみにしています。

No title

初めてコメントいたします。

ブログ興味深く読ませて頂きました。動物関連の法律や行政には疎かったので、新しい視点を得られたように思います。

私は猫に限らず動物全般(というより生物全般)好きなのですが、動物愛護という考え方は余り好きになれません。特に欧米風の動物愛護には、人間の身勝手さのようなものを感じてしまい、疑問に感じてしまいます。(捕鯨の問題などが象徴的です。)

私個人としては、どんな動物も自然界では食物連鎖の中で過酷な生を生きているのだから、必要以上に人道的、非人道的という観点でその動物(生物)の置かれている状況を論じるべきではないと思っています。

野良猫の問題に関しても、本来ならば食物連鎖の頂点付近にいるべきはずの動物が、人間の介在によって本来ならば有り得ない密度で生息している事が問題なので、人の介在(=無責任な餌やり)をなくす事を徹底するだけで、数年後には適正数に落ち着くと思うのですが・・・。

今ある多くの動物関係のボランティアやTNRや地域猫の活動などは、問題の本質的な解決になっていない事が多いことと、人の善意を前提としており、社会的な活動としての仕組みが不十分であることが大きな問題だと思います。

つらつらと自分の考えばかり書いてしまいましたが、このような点に関して、(間違った動物愛護が良くないのは勿論なのですが、その批判ばかりでなく)人と(野生、半野生、家畜を問わず)動物との共生という点で、どういう考え方(思想)が必要かといったことや、(法整備は勿論ですがそれ以外にも)どういった社会的な仕組み作りが可能か、また有用か、といったことにも言及して頂けると非常に嬉しいです。

拙文失礼致しました。 (間違って古い記事にコメントを投稿してしまいました。すみません。)

Re: 青紙スーパー様

青紙スーパー様

> 私は米獣医学会の論拠は知りません。しかしながらあの28万頭の殺処分に間接的にでも関わった身としてはあの殺処分時の静注作業を非難されたくないのです。

私も全米獣医学会の、消毒薬を殺処分に用いることが推奨されない方法であるとの論拠は存じません。
しかし全米獣医学会でそのようなガイドラインがあるのは客観的事実です。
何らかの基準は必要とわたしは思います。
しかし私は、口蹄疫の際の、家畜の殺処分方法を非難して覚えはありません。
私の主張を端的に申せば「手塩にかけた家畜を、口蹄疫という非常事態とは言え、不適切な方法で殺処分せざるを得なかった(それはやむを得ない)。それなのにいわばたかが衛生害獣というべき野良猫の殺処分は十分安楽死に配慮しているのではないか。それなのに諸ぶ方法にまでケチをつける野良猫愛誤はわがまますぎるし、畜産家の痛みがわからない無神経で白痴だ」という事です。
口蹄疫で被害に遭われた方はナーバスになっておられるでしょうが、なぜ私が今回の記事で畜産課の方から批判されなければならないのか理解に苦しみます。


> 作業者の安全を考え、環境を汚染することなく、しかも迅速に、そして農家の気持ちを鑑みるとあれ以外に方法はありませんでした。

ですから私は、何度も「非常事態でやむを得なかった」と記述しているではありませんか。


> 牛や豚も黙って大人しく殺されるわけではありません。作業する方には常に危険が伴うのです。

私は幼い頃から乗馬クラブに通っていましたし、馬の危険性も知っています。
後ろに回るときは声をかけて馬を安心させなさい、直前を横切ることは絶対やめなさいと注意されました。
後ろ足で蹴られれば人間なんて即死ですから。
また酪農家の方も知っていますし(彼らは自分の仕事を酷農と言っています)、家畜にも知能も感情もありますし、死の危険もわかります。
ですから抵抗もします。
猫愛誤が思っているような、家畜がは無感情で人のいいなりの機械ではありません。
私は猫愛誤より、はるかに家畜も畜産現場も知っているつもりです。

Re: 青紙スーパー様

猫糞被害者@名古屋様
横です

> 私も基本的に主張したい事は同じです。
> 動物愛護の精神は大切です。
> しかし、それは人の安全や財産権などそこに関わる人の権利や事情が優先されるべきです。

私も同様のことを主張したつもりです。
「国家的危機の口蹄疫の時は、手塩にかけた家畜でさえ、安楽死的ではない方法で殺処分されたではないか。それなのに衛生害獣の野良猫の殺処分は、十分安楽死に配慮している。それなのにケチをつける猫愛誤は権利の主張をしすぎ。公的殺処分はコスト、安全性が優先されるべきで、その中で最低限の安楽死的配慮がされれば足りる」。


> それを人より動物の権利(法的には動物は権利を有する存在ではありません)の権利を主張する愛誤の存在が問題なのです。

動物を権利の主体とする考えは、欧米でも異端です。
私はかつて楽天で「動物は権利の主体とはなりえないし、どこの国の制度でもそうだ」と記述したことがあります。
それに噛み付いて「動物は権利の主体だ」と数十回クメントした人がいます。
私は「動物が権利の主体であれば、ある動物がある動物を餌とすることは許されなくなる。あなたの理屈は矛盾していませんか」と反論しました。
するとその方は「動物愛護先進国の欧州は、動物愛護の概念は、愛玩動物に限定している。日本の動物愛護管理婦の改正では、欧州の概念を取り入れ、家畜を対象から外すべきだったという意見が多かったが見送られた」反論してきました。
(ああ、また動物愛護先進国欧州か、タメイキ)しかし私がドイツ動物保護法など調べて、その方の主張が大嘘だとわかりました。
ドイツ動物保護法では、むしろ家畜を主眼としています。
その様な背景があり、けして私は過激派動物の権利擁護者ではありません。

私は、動物の命が等しく重い(愛語がよく口にする言葉です)のならば、特定の動物に偏った愛護はおかしいと思います。
愛玩動物も家畜も野生動物も、愛護に関してはバランス感覚が必要です。

Re: 猫好き大学生様

猫好き大学生様、はじめまして。
コメントありがとうございます。

> 私は猫に限らず動物全般(というより生物全般)好きなのですが、動物愛護という考え方は余り好きになれません。特に欧米風の動物愛護には、人間の身勝手さのようなものを感じてしまい、疑問に感じてしまいます。(捕鯨の問題などが象徴的です。)

私が動物福祉animal welfare を取りあげたので勘違いされたようですが。
welfareは、日本では福祉と訳されますが、英語の本来のニュアンスはもっと柔らかくて軽い意味合いです。
欧米でも、動物の権利を主張する過激な思想は異端です。
欧米では、過激動物愛護団体は法律の規制の対象としているところが多いですし、米国はFBIがいくつかの動物愛護団体をテロ団体と認定しています。
私はむしろそのような過激動物愛護を批判する立場です。
私は、「動物を利用するのはやむを得ない。しかし無駄に殺すことは避け、殺す際もコスト面など許される範囲で苦痛を権限すべき。野生動物に関しては産業被害や個体数調整のために駆除するのはやむを得ない。しかし希少種に対しては、経済活動に極端に悪影響を及ぼさない範囲では保護すべきで、生息案今日の保全は必要」という考えです。


>どんな動物も自然界では食物連鎖の中で過酷な生を生きているのだから、必要以上に人道的、非人道的という観点でその動物(生物)の置かれている状況を論じるべきではないと思っています。

あらゆる動物は、食物連鎖のシステムからは逃れられません。
ですからある種を保護すれば、ある種の反保護になるのです。
欧米では、TNR批判では、必ず生態系への悪影響が指摘されます。
猫は屋外にいれば、年間1000もの小動物を殺傷するのです。
TNR、地域猫は野良猫保護かもしれませんが、野生動物に対しては動物虐待で反動物愛護です。
野生動物側から見れば、地域猫は動物愛護だなんてとんでもない、野良猫という器物を用いた環境テロに他なりません。
また、野良猫に大量に給餌するということは、餌となる家畜や水産資源の大量消費です。
それは私の「動物を無駄に殺す」ことでもあり、私の見地からすれば反動物愛護です。


> 人と(野生、半野生、家畜を問わず)動物との共生という点で、どういう考え方(思想)が必要かといったことや、(法整備は勿論ですがそれ以外にも)どういった社会的な仕組み作りが可能か、また有用か、といったことにも言及して頂けると非常に嬉しいです。

私のブログテーマがまさにそれです。
ミクロ的なテーマが続きましたのでお分かりいただけなかったのかもしれませんが。
動物愛護は、愛玩動物、家畜、野生動物を包括的に含む概念だと思います。
個人的に好きな動物を盲目的に保護することは、動物愛護ではありません(地域猫が野生動物に対する半動物愛護になることを申し上げたように)。
食物連鎖というシステムの中では、ある種を保護すればある種の反保護になります。
動物に主体となる権利も、命の重要さも絶対的ではありません。
動物に主体となる権利が有り、命の重さが絶対的であれば、すべての動物は生存できなくなります。
動物の権利は客体、命の重さは相対的です。
動物の保護は、トレードオフです(何かを保護すれば何かの反保護になる)。
ですから動物愛護ほど、バランス感覚と言うか、コモンセンスが必要な分野はありません。
繰り返しますが、特定の好きな種を盲目的に保護することは、動物愛護でもなんでもありません。

私は猫愛誤から「フン、何が真面目に動物愛護を論じるだ。動物愛護活動のひとつもしていないくせに。動物嫌いの虐待趣味で犯罪予備軍の知的レベルが低いやつ。こんな知的レベルが低い、犯罪予備軍という限られた読者しかないブログなんて何の社会的影響力もない」と批判されております。
自負を述べれば、私ほど真面目に動物愛護を論じている人は少ないのでしょうか。
また、日本野鳥の会には、かなりの寄付をしています。

それと、家畜福祉の考え方ですが、畜産家や獣医師にも賛同する方がいらっしゃいます
リンク先の獣医師さんは、北海道の短調などの野鳥ほごを手弁当で地道にされています。
ブログで、地域猫の批判をしたところ、猫基地害から猛攻撃を受けたことがあります。
http://okaiken.blog.ocn.ne.jp/060607/cat4612773/私が思い描く動物愛護のあり方です。

今日のコメントを見て改めてさんかくさんの動物愛護に対する考え方は至ってまともだと思います。世間一般でなぜこれが当たり前でないのかが摩訶不思議です。普通に考えて利害関係が無ければこの立ち位置になって当然だとおもいます。
動物愛誤の言う動物の命は平等と言うのは言葉通りの意味では無いですね。
動物の中で猫ちゃんだけの扱いを人間に近づけましょう。これが彼らの言う平等なんでしょう。そう考えないと整合性がとれません。
あと、愛玩動物、家畜、野生動物と分類されているのは一つの尺度で呼称を決めただけに過ぎず、人間との関わり方をどうするかは包括的に考えないといけないと思います。状況を見て変えていく必要もありますね。
そういった意味で野良猫のポジションを改めて考えてみると、害獣と言われても仕方がないでしょう。これは猫が悪いのではなく、猫に対する扱い方を他の動物で行えば同様に害獣となってしまいます。
他の動物にこのような例がまず無いのは野良猫を増やす人間が極端に異常だからです。

Re: きつね様

きつね様、コメントありがとうございます。

> 今日のコメントを見て改めてさんかくさんの動物愛護に対する考え方は至ってまともだと思います。

ありがとうございます。


>世間一般でなぜこれが当たり前でないのかが摩訶不思議です。

世間一般では、私の考えに近いと思います。
しかし動物愛護を声高に唱える人は、野良猫愛誤に代表される様に、自分が好きな動物種の偏った保護を強硬に主張する人たちです。
そのような人は、全体から見ればごく一部なのですが、あまりにも声が大きいので目立つだけです。
それとそのような人たちのおかげで、動物愛護が偏見の目で見られることを危惧しています。
現に動物愛護を口にすれば引いてしまう人が多いですね。
「この人、ちょっとやばい、とんがった変な人だからかかわらないでおこう」とか。
日本では偏った動物愛護(誤)が先行しました。
その上、海外の過激派愛護の規制もありませんから過激派愛護の活動も目立ちます。
だからごく普通の、動物愛護が根付きにくいのだと思います。


> 動物愛誤の言う動物の命は平等と言うのは言葉通りの意味では無いですね。
> 動物の中で猫ちゃんだけの扱いを人間に近づけましょう。これが彼らの言う平等なんでしょう。

「自分が気に入った動物種だけを特別扱いせよ 」ということでしょ、野良猫愛誤に代表される愛誤は。
そんなのはまったく動物愛護でもなんでもありません。


> あと、愛玩動物、家畜、野生動物と分類されているのは一つの尺度で呼称を決めただけに過ぎず、人間との関わり方をどうするかは包括的に考えないといけないと思います。

「動物の命も、人と等しく重い」と主張しているのだから、動物全般に言っていることなんでしょう。
でもすべての命を絶対的に守ることはできません。
肉食獣の飼育では、餌となる動物を殺します。
そこのところを突っ込まれたら「動物愛護先進国の欧州では、動物愛護は愛玩動物に限った概念で使役動物は対象ではないある」と屁理屈を言うわけです。
では、警察犬や盲導犬は愛護の対象ではないのでしょうか。
うさぎやヤギをペットにする人がいますが、それは愛護の対象でしょうか。
ヤギをペットがわりに飼っていて、除草のために草をはませたら愛護の対象ではなくなるのでしょうか。
いわゆる愛誤さんの主張は破綻しています。


> そういった意味で野良猫のポジションを改めて考えてみると、害獣と言われても仕方がないでしょう。
> 他の動物にこのような例がまず無いのは野良猫を増やす人間が極端に異常だからです。

ドイツ、イギリス、アメリカなどでも、農家や養鶏場など産業に害をなす野良猫は、普通に駆除されています。
競輪場や神社、病院、浄水場などで違法に餌やりが行われ、それがゴリ押しで権利として通ってしまう日本は異常です。
野良猫に関わる人間が異常な人が多いことも理由でしょうが、日本の動物愛護管理法の特殊性も原因です。
ドイツ動物保護法では、現に人が飼育している動物のみが保護の対象です。
対して日本の動物愛護管理法では、人に管理されていない状態でも、愛護動物は保護の対象です。
愛護とは、慈しみ可愛がること。
管理とは、その動物を他人の迷惑にならないように制御すること。
動物を管理することにより、動物を愛護する権利があるのです。
いわば表裏一体の関係で、それがスタンダードです。
日本の餌やりの権利を主張する、地域猫などは、いわば義務なくして権利を主張するのであって、動物愛護管理法の特殊性も原因です。

ネコココナッツカレー

クックパッドに猫肉料理レシピとして投稿されて話題になったようです。

http://bit.ly/TfdN3b

私の知る限り、猫を食してはいけないという法律も無いですし、動物愛護管理法で牛豚羊鶏アヒルと扱いが分かれている訳でもありません。

そういう観点から言うと多くの人にとって心理的抵抗は大きいものの犬猫を特別扱いし食べてはいけないという法的、科学的根拠は無いように思います。

(間違いであればご指摘下さい。)

私は猫肉を食べたいと思いませんが、猫を食べる人や文化をあながち非難できないと思います。

少しコメントがずれていたらすみません。

ネコココナッツカレー

ブログ主はアナグマ肉と比較していますね。かつてタヌキ汁とされていたのはタヌキでは無く、よく似たアナグマのようでこちらは美味だそうです。
アナグマと比較した人の意見となると案外美味しいのかもしれませんね。

ヨホホ研究所

訂正です。

http://yohoho.jp/4235/

が元ネタでした。

轢かれた猫を使用したそうですが、猫を食べたいから捕獲するということは、虐待とも言えないような気もします。。。

虐待を具体的にどう捉えるかの問題になりますので微妙です。

Re: ネコココナッツカレー

猫糞被害者@名古屋様、コメントありがとうございます。

>猫を食してはいけないという法律も無いですし、動物愛護管理法で牛豚羊鶏アヒルと扱いが分かれている訳でもありません。
> そういう観点から言うと犬猫を特別扱いし食べてはいけないという法的、科学的根拠は無いように思います。

私も同感です。
日本国内で、猫養殖場を作り、猫肉や三味線用原皮を生産するのは全く合法です。
三味線原皮の調達に苦労しているようですから、猫を養殖すればよいのではないでしょうか。
外国では、ある種の肉を提供する、食べることを刑事罰でもって禁じている国はあります。
例えば米国の一部の州は、鯨類を食べること、販売販売することは刑事罰の対象です。
野良猫を捕獲して食べることは微妙ですね。
でも生活苦で食料を買うお金に事欠いたのであれば、正当事由があり、みだりに殺すことには該当しないと思います。


>猫を食べる人や文化をあながち非難できないと思います。

インド人が、日本人などの牛肉を食べる国民や、牛肉生産者を非難することはできませんし、そのようなことをすれば国際問題になりますからインド人はしていません。
ですから猫食文化がある国があっても何の感慨もありません。
ペルーは普通に猫が食されています。
http://thecharmofbeoriginal.blogspot.jp/2009/08/koreans-and-peruvians-eating-cats-and.html

Re: ネコココナッツカレー

きつね様

> かつてタヌキ汁とされていたのはタヌキでは無く、よく似たアナグマのようでこちらは美味だそうです。

はい。
タヌキはまずくて食べられないそうです。


> アナグマと比較した人の意見となると案外美味しいのかもしれませんね。

私が幼い頃、父がアナグマを仕留めたことがありました。
素人が捌いたことが理由かもしれませんが、まずくて食べられず、犬にやりました。
野生動物の肉は、血抜きとか、下ごしらえにコツが要るのだと思います。
なお、対馬ヤマネコは、江戸時代の文献では「美味」とされており、食用での乱獲も個体数減少の原因の一つと言われています。

Re: ヨホホ研究所

猫糞被害者@名古屋様

> 轢かれた猫を使用したそうですが、猫を食べたいから捕獲するということは、虐待とも言えないような気もします。。。

惹かれた猫であれば、血抜きもちゃんとしていないだろうし、組織も潰れているだろうし。
それでもまあまあ食べられるということは、案外猫は美味なのではないでしょうか。


> 虐待を具体的にどう捉えるかの問題になりますので微妙です。

虐待ということは、いじめることそのものが目的ということでしょう。
虐待=みだりに殺す=正当な事由がなく殺す。
そのように私は理解しています。
食料を買うお金がなくて困窮してやむなく野良猫を殺して食べたのであれば、正当な事由があり、人の生存権が優先され緊急避難も成立します。
しかし興味本位で殺した食べたのであれば微妙だと思います。
なお、食用を目的として自ら猫を肥育させて食べるのであれば、全く問題ないと思います。
なお自家と畜は、自家消費する場合は法的規制はありません。

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Re: 安楽死

A様、コメントありがとうございます。

情報提供ありがとうございました。
せっかく学術的な情報をいただきましたので、公開させて戴き合いのですが、許可いただけませんか。

人道的配慮

〉犬猫の殺 処分ではかなり人道的な配慮がされて います。

として産業動物と対比される根拠が、産業動物が緊急時に於いて殺処分ガイドラインによらない方法で殺処分されたこと、なのでしたら、今現在の法令に於いて、狂犬病予防法に基づく毒餌による犬の掃討は唯一硝酸ストリキニーネと定められていることもガイドラインの方法ではありません。
産業動物と犬猫の扱いを比較されるのであれば、通常措置同士あるいは緊急時の措置同士を比較すべきです。

安楽死

ときどき拝読いたしております。 公開はどうぞ、ご自由に。

Re: 人道的配慮

サーバント様、コメントありがとうございます

> 狂犬病予防法に基づく毒餌による犬の掃討は唯一硝酸ストリキニーネと定められていることもガイドラインの方法ではありません。

ご指摘のとおり、狂犬病予防法では、野犬駆除のため屋外に設置する毒餌は、硝酸ストリキニーネと定められています。
確かにAVMAでは、硝酸ストリキニーネは安楽死として不適切とされています。
しかし日本では、近年では、野犬の毒殺駆除はほtんど行われていません。
数年前に鳥取県で行われ、愛誤の猛抗議がありました。
硝酸ストリキニーネの使用は、法律上は認められていますが、今後はまず行われることはないと思われます。
ペットや野生動物に対する被害、人に対する危険性もありますが、「人道的配慮」から望ましくないからとのことです。


> 産業動物と犬猫の扱いを比較されるのであれば、通常措置同士あるいは緊急時の措置同士を比較すべきです。

であれば、通常の犬猫は安楽死とされている二酸化炭素死がほとんどです。
鶏は不適切とはされていない減圧や電気ショック(米国ですが日本はどうなんでしょうね)で通常屠畜が行われていますが、問題が提起されたことはありません。

Re: 安楽死

読者A様、コメントありがとうございます。

> ときどき拝読いたしております。 

ありがとうございます。
せっかくですからコメントを紹介されていただきますね。

複数の団体が学術的知見に基づき、二酸化炭素死は安楽死として推奨される方法としています。
二酸化炭素死は、学術的に安楽死として容認出来る方法と一致した見解であると思います。

> 野良犬の抑制 GUIDELINES ON STRAY DOG POPULATION CONTROL のOIE(国際獣疫事務局)ガイドライン( September 2009)で、安楽死については動物福祉、作業者の安全性、経済性を考慮して最適な方法をとるとされています。 
>圧縮したCO2ガス室は唯一許容できる方法である。作業者への安全に関する考慮:適切に設計された器材が利用したとき術者に対する危険は最小。利点:ガスは可燃性や爆発性がなくて、適切な濃度のとき、非常に速やかな麻酔作用を引き起こす。低いコスト。圧縮ガスは簡単に入手できる。


パコマ(消毒薬)の常駐は、AVMA全米獣医学会、のガイドラインによれば、安楽死としては不適切な方法とされています。
しかし日獣会誌(日本獣医学会誌?)では、安楽死として肯定しています。
学術団体により見解の相違はあるようです。

> 塩化カリウムでなくパコマを使用するのは,塩化カリウムでは心筋に作用する際に全身の硬直が起こり施術者にとって危険性が高いが,パコマではその主成分の〔モノ・ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)〕アルキルが陽イオン系界面活性剤であるので静脈注射すると,クラーレ様作用により筋弛緩剤として作用する他,そのタンパク凝固作用により栓塞を惹起する.また溶媒がトルエンの50 %製剤であるのでトルエンの中枢神経抑制作用で強力な麻酔作用が起こり,この溶媒との相乗効果で速やかに個体を安楽死せしめると考えられるからである。


No title

「今後はまず行われることはないと思われます。 」とは省令改正がされるという予想でしょうか、あるいは、行わないようにという通知があるのでしょうか。愛護団体がそう主張している、というのはいつもの事です。
鳥取県の事例では、狂犬病予防法に基づくものではなかったように見受けます。鳥取県は投書への回答として手続き上の瑕疵があったとしつつ「(今後は)狂犬病発生時などを除き、原則として使用しない」と答えています。http://db.pref.tottori.jp/KenminH17.nsf/KenminPageM4?OpenPage&Start=1&Count=30&Expand=5.4

以上より

・通常時の措置としては、犬猫、産業動物共にガイドラインで不適とされている殺処分方法が一般に行われているという根拠は無い。

・OIEの公式認定おいて日本は口蹄疫に関しては現在ワクチン非接種清浄国とされている。実際に口蹄疫が発生した時には、緊急措置がとられ、現場で殺処分せざるを得ないような場合にガイドラインの方法によらない殺処分も行われる。

・WHOの狂犬病マップで日本は狂犬病発生事例の無い国になっている。実際に狂犬病が発生した場合に緊急措置として行う毒餌による薬殺はガイドラインによらない方法で行わなければならない。

これらからは犬猫と産業動物に人道的配慮において差異があるようには思えず、元記事にあるように、家畜と犬猫の比較として、家畜の屠殺では、必ずしも人道的な配慮がされているとは言えない、あるいは、犬猫の殺処分ではかなり人道的な配慮がされている、という結論を導くことはできないものと考えます。

Re: サーバント様

サーバント様

まず、私の本記事の趣旨を改めて要約します。
・二酸化炭素死は、国際的学術的にも動物の安楽死として認められている。
・米国では、二酸化炭素死より安楽死的ではない方法で犬猫の殺処分が行われ、ドイツでは銃殺である。
・日本は極めて犬猫の殺処分の実数が少ない。
従って、以下の愛誤の主張は大嘘、失当である。
・日本は、二酸化炭素死という、極めて残虐な方法で犬猫を殺処分している。
・さらに諸外国に比べて殺処分数が多い。
家畜の殺処分方法に話が及び、一部の畜産家の方に不快な思いをさせたのであればお詫びします。


> 「今後はまず行われることはないと思われます 」とは省令改正がされるという予想でしょうか、あるいは、行わないようにという通知があるのでしょうか。

まず「今後は行われることはない」というのは、狂犬病が発生しなければという仮定においてです。
私が取り上げた数年前の鳥取県での公有地での野犬毒餌駆除が問題になった当時で、既に日本では毒餌による野犬駆除を行っている自治体は例外であるとの資料がありました。
鳥取県の回答でも、廃止の方向と述べられています。

なお、狂犬病予防法では、毒餌の使用は「狂犬病発生時の措置」8条以下、18条に規定があります。
毒餌の使用は、狂犬病発生時の措置とも捉えられますが、「18条2項では、6条(通常時)の規定を準用する」ともあり、通常時においても、毒餌の使用が同法で認められているとも解釈できます。
事実、野犬が多かった時代では、狂犬病が撲滅した昭和35年以降も毒餌が用いられています。
狂犬病予防法の解釈上、通常次では毒餌の使用はグレーゾーンとも言えます。
また日本は、現在野犬はほぼ壊滅状態で、毒餌を使用してまでの駆除の必要性が低くなっていること等、総合的に私が推測したことです。


> 鳥取県の事例では、狂犬病予防法に基づくものではなかったように見受けます。

硝酸ストリキニーネは毒劇物指定です。
つまり狂犬病予防法を根拠としなければ公有地に設置することはできません。
ご存知のように、狂犬病は昭和35年以降、日本では発生していません(輸入ペットではあります)。
犬の狂犬病予防接種義務は、通常時の規定です。
法解釈如何では、狂犬病予防法では、通常次でも硝酸ストリキニーネの毒餌使用が可能です。
硝酸ストリキニーネの使用は、必然的に狂犬病予防法が根拠です(それ以外の法規で、公有地に硝酸ストリキニーネを設置して良いと規定しているものはありません)。


> ・通常時の措置としては、犬猫、産業動物共にガイドラインで不適とされている殺処分方法が一般に行われているという根拠は無い。

ガイドラインで不適とされている殺処分方法が「一般に」行われているなどと私は記述しましたか?


> ・OIEの公式認定おいて日本は口蹄疫に関しては現在ワクチン非接種清浄国とされている。実際に口蹄疫が発生した時には、緊急措置がとられ、現場で殺処分せざるを得ないような場合にガイドラインの方法によらない殺処分も行われる。

その点については、私も「やむを得ない措置であった」と何度も述べています。


> ・WHOの狂犬病マップで日本は狂犬病発生事例の無い国になっている。実際に狂犬病が発生した場合に緊急措置として行う毒餌による薬殺はガイドラインによらない方法で行わなければならない。

はい。
わたしはそれに対して否定したことは一言も述べていません。



> これらからは犬猫と産業動物に人道的配慮において差異があるようには思えず、元記事にあるように、家畜と犬猫の比較として、家畜の屠殺では、必ずしも人道的な配慮がされているとは言えない、あるいは、犬猫の殺処分ではかなり人道的な配慮がされている、という結論を導くことはできないものと考えます。

私が産業動物で一般に不適切な殺害方法が採用されているとは述べてません。
口蹄疫を取り上げたのは例外的措置で、それも「やむを得なかった」と何度も述べてます。
また、「一般的に」産業動物の屠畜が不適切に行われているとも述べていません。
一部、不適切な減圧、電気ショックが行われているのは事実です。
それは述べましたが、私は「一般に、かt食は不適切な方法でとちくされているとは書いていません」
どこにそのような記述がありますか。

本記事の趣旨は、冒頭に述べた通りです。
これ以上は、本論から外れます。
いずれにしても、犬猫の殺処分に対して「残酷だ、人道的配慮にかける」と大騒ぎして喚く愛誤が多いです。
対して肉をたらふく食って、腐る程野良猫に大量に餌をばら撒いても、家畜の殺処分や屠畜方法には全く関心を示さない愛誤の精神構造に異常性を感じたということですよ。

No title

ちょっと気になったので調べてみました
適切な濃度で行えば二酸化炭素で安楽死させることができるようです
ただ、保健所の機材は古いせいか適切な濃度を維持することができず、苦悶の時間が長く続いているとこのブログで書いています

>現段階での結論としては、二酸化炭素は鎮痛作用や麻酔作用があり、安楽死薬としては容認されている。が、麻酔薬など他の薬剤の方が短時間で意識を消失できることも事実であり、これは一度に多くの個体を殺処分する場合に限られるべきものだと思われる。さらに、二酸化炭素が適切な濃度に達していない段階で殺処分される個体が暴露されれば、意識消失までの時間は延長され苦悶は長引く。現在、自治体で使われている炭酸ガス注入用器械は古いものが多く、確実な濃度の達成と維持ができるとは到底言いがたいものが多い。
>http://fussyvet.exblog.jp/6106924

Re: No title

通りすがり様、コメントありがとうございます。

> 適切な濃度で行えば二酸化炭素で安楽死させることができるようです
>保健所の機材は古いせいか適切な濃度を維持することができず、

その可能性はあるでしょう。
ただ、二酸化炭素濃度の管理がきちんと行えれば、二酸化炭素死は国際的にも安楽死として認められています。

例えばドイツでは、食肉用屠殺などの例外を除いては、温血動物は獣医師による麻酔下での安楽死しか認められていません。
しかしドイツは例外です。
動物愛護先進国と言われているイギリスでは、最も権威のあるアニマルシェルターが犬を屠殺銃で銃殺していました。
アメリカは州によって異なりますが、二酸化炭素死より苦痛が大きいとされる減圧殺、ストリキニーネなどの方法が広く採油されています。
自治体によっては、警察官が所有者不明(とみなされるものも含む)の犬猫の市中での銃殺を認めています。
ですから日本の二酸化炭素による殺処分が、ことさら非難されなければならないとは思いません。


プロフィール

さんかくたまご

Author:さんかくたまご
当ブログのレコード
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・カテゴリー(猫)別最高順位7682ブログ中17位
・カテゴリー(ペット)別最高順位41358ブログ中37位

1959年生。
大阪府出身、東京育ち(中学は世田谷区立東深沢中学校、高校は東京都立戸山高校です)。
現在は、兵庫県西宮市在住です。
一人暮らしです。

趣味はクルマをコロガスこと(現在のクルマは4代目のメルセデスベンツです。ドイツ車では5代目)、庭での果樹栽培、家の手入れ掃除です。
20歳代前半から商品先物、株式投資をはじめ、30歳で数億円の純資産を得るが、その後空売りの深追いで多くを失う。
平成12年ごろから不動産投資を行い成功、現在50数戸を無借金で所有。
不動産投資では、誰も見向きもしなかったキズモノ、競売物件などをリノベーションする手法です。

・座右の銘は「人の行く裏に道あり花の山」
・好きな生き物 メジロ
・尊敬する人 ガブリエルシャネル(シャネル社創業者)
・好きな言葉 Das Beste oder nichts「最善か無か」。ダイムラー・ベンツ社の企業理念。私自身は何事も中途半端でいい加減です。ですからこの言葉に憧れます。

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